身の回りの小さな幸運に目を向けてみる

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自分が幸運な人間なのか不幸な人間なのか。それは、自分の周りのラッキーな出来事に対してどれだけ意識できているかによると思う。

幸運な出来事は意外に起きている。だから、身の回りの幸運に目を向けると意識するだけで見えてくる景色があるのだ。

いままで意識すらしなかった幸運に気が付けると、穏やかな気持ちになり、それは心を豊かにしてくれる。

幸運日記をつけてみる

幸運なことを意識するためには、幸運日記をつけてみてはどうだろうか。1日の終わりにその日に起きた幸運なことを書き出してみるのだ。意外に幸運なことは起きているんだなと気がつけることができる。

ちょっとしたラッキーでも、意識していくと心が楽になっていくものだ。意外に自分はいいことに出会っているなとか、ついているなとな思えるようになる。

ぼくのある日の日記は、スタバでアンケートレシートが出たことを書いた。別の日には、スタバでトールサイズのダークモカチップフラペチーノを頼んだのに、店員が「すいません、間違えてベンティ作っちゃいました。これでよければ⋯⋯」と思いがけずにサイズアップになったことを書いた。

書き始めてみると、意外に自分の身の回りでラッキーなことが起きていることに気がつくようになる。そしたら、またそのことを書いていく。そうやって幸運なことに目を向けていく練習をしていくと、さまざまな悩みがあっても心が軽くなる。

不幸を幸運に変える方法

意識の持っていき方だけで不幸な出来事を幸運に変換することだってできる。

例えば、僕の場合は以前に「フィッシング詐欺に引っかかったので情報を共有したい」でフィッシング詐欺のサイトにクレジットカードの情報を入力してしまったことを伝えた。すぐにカード会社に連絡して事なきを得たが、これ単体で見てみると不幸な出来事である。

でも、意識の持っていき方で幸運な出来事として捉えることができるのだ。カード会社にすぐに連絡できたので、実害がなかったことは不幸中の幸いではないだろうか。

また、このことをブログの記事としてネタにできたのも、経験としては良かったのではないだろうか。

さらには、一度は騙されるという経験をしたことにより、より注意深くなれたことも幸運ではないだろうか。

このように、すべての出来事とはいわないけど、ものによっては見方を変えるだけで幸運な出来事といえるようになる。

おわりに

どうせ同じ生きていくなら、自分はついていないんだと思って過ごすより、自分はついているんだと思ったほうがいい。不幸な人間なんだと考えるより、幸運がついて回っているんだと思ったほうがいい。

不幸だと思えば不幸が目につくようになるし、幸運だと思えば幸運なことが目につくようになる。だから、幸運なんだと意識を向けておくことで、幸運な自分でいることができると思うんだ。

この記事を読んだあなたに幸あれ

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