MNPでドコモからIIJmioへ

F-01A

ガラケーからiPhoneへ乗り換えるためにMNP(モバイルナンバーポータビリティー)を利用した。いままでガラケー、iPhone X体制だったが、iPhone XをiPhone 12 Proへ移行したためにiPhone Xが浮いた。このiPhone Xにガラケーの番号を移行することにした。

移行前のガラケーはドコモのFOMAで富士通のF-01A。docomo PRIME seriesの第1段の端末のひとつ。ひつじが画面をちょこちょこ動き回る。富士通の端末はガラケーの中では特にセキュリティーに重きを置いていた。最初に指紋認証を搭載したのも富士通製の端末だ。この頃は、まだ世間ではセキュリティー意識が希薄で、端末のロックをかけるイコール隠し事をしている、やましいことを隠しているという意識が強かったように思う。なお、当時のカメラは520万画素。

いまでこそガラケーという言い方になっているが、当時はケータイと言っていた。ケータイという言い方も、携帯電話からケータイに変わった。

初めて携帯電話を持ったのは社会人2年目からで、仕事で使うことが多かった。ソニーのジョグダイヤル付きの携帯電話で、端末の横についているジョグダイヤルを回すと連絡先が切り替わって、簡単に電話をかけることができるというやつだ。

やがてiモードサービスが始まり、携帯電話でメールを送受信することができるようになった。また、貧弱ながらもウェブを閲覧することができるようになった。先陣を切ったPanasonicの端末を購入して使った。この頃から仕事のツールというよりも個人で楽しむという方向性になってきたと思う。

やがてアプリでゲームを楽しむことができるようになったり、どんどんとケータイは進化していった。携帯電話の小さい画面でドラクエとFF(ファイナルファンタジー)が動いているのを見たときには感動した。電子マネーのFelicaに対応したり、先進的で時代を引っ張っていた。Felicaに対応した端末にするために富士通製のケータイを購入。UIの使いやすさに富士通製端末にどっぷりハマった。

そして、スマートフォンの時代になるとあっという間に切り替わっていった。ぼくは最初Android端末を購入した。このとき、完全に切り替えるのが不安で、使っているケータイを残したまま新規で端末を購入した。このときから電話番号の2本体制が始まった。

買ったのはXPERIA X10という端末だったけど、この頃のAndroidの不出来さとドコモの対応、電波の繋がらなさに嫌気がさして、ソフトバンクのiPhone 5に移行した。当時のメーカーであるソニーエリクソンのサポートはかなりよかったのだが、Androidそのものとキャリアに見切りをつけた。それから、使っていたパソコンもMacにしていたこともあり、ずっとiPhoneの生活になっている。

MVNOが出始めてソフトバンクからIIJmioに移行。iPhone 6 Plusの購入と同時に移行して、2年縛りからの脱却を図った。MVNOは格安SIMという言葉のとおり、安い価格とシンプルな料金体系が売りで、ややこしい項目でいろいろな料金を引かれることがない。

iPhoneに移行してもガラケーは維持し続けていた。比較的に重要な連絡はガラケーのほうにかかってくることが多く、電話番号を捨てることができないでいる。

そんなガラケーを乗り換える。最終機種の利用期間は11年11ヶ月。F-01Aから新しい機種にはしなかった。ドコモ自体の利用期間は21年1ヶ月。ずいぶんと長くお世話になった。

ドコモはFOMA、iモードサービスはともに2026年3月31日に終了することを発表している。停波まで粘るという選択肢もあったが、せっかくiPhoneがひとつ余ったので移行することにしたのだ。

ドコモのオンラインサービスであるMy docomoからMNPの申し込みができるので、店舗に行かなくてもいい。さらに、たまたま縛り契約の更新期限が11月から始まるので、解約金なしでの契約解除ができる。3大キャリアでスマートフォンを持つとそれなりに料金を払う必要があるので、いま契約しているMVNOの契約にSIMを追加という形で乗り換えることにした。

My docomoで発行されたMNPの予約番号を使って乗り換え先にキャリアに申し込む。手続きはすべてオンラインで完了して、SIMが送られてきたらiPhone Xにさして移行完了。携帯メールはスパムしか来てなかったのでなくなって問題なし。

ガラケーがなくなるのは少し寂しいけど、これですべての携帯電話番号をスマートフォンに移行することができるのだ。

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